来歴
2006年9月9日、D.O.G VIIにおいて飯田崇人と対戦。パウンドにより飯田を負傷させ1R終了時にレフェリーストップ勝ち。飯田を病院送りにした(飯田は左眼窩底骨折するなどして集中治療室に直行するほどの重傷であった)。 2006年12月2日、パンクラスにおいて宮崎裕治と対戦。1R、ウマハノフがバックを取ると、宮崎が腕を取りかけるが、ジャーマン・スープレックスで宮崎を頭からリングに落とし、TKO(レフェリーストップ)勝ち。 2007年2月28日、パンクラスにおいて伊藤崇文と対戦。パウンドなどで攻めるも決め手に欠き、3-0の判定で勝利。ライト級の契約体重68.99kgを上回る69.75kgでクリアできず失格になるところであったが、伊藤が試合を望んだため無差別級として試合が行われた。 2007年3月17日、CAGE FORCE 02でのライト級王座決定トーナメント1回戦においてBJペンの愛弟子ケイナン・カクと対戦。パウンドで2RTKO勝ち。 2007年6月9日、CAGE FORCE 03でのライト級王座決定トーナメント準々決勝において美木航と対戦。2-1の判定勝ち。 2007年7月16日、HERO'Sでアンドレ・ジダと対戦。パンチ連打で1RKO負け。総合格闘技での初黒星となった。J.Z.カルバンの怪我による代役としての参戦が発表されたのが4日前という緊急参戦であった。 2007年9月8日、CAGE FORCE 04でライト級王座決定トーナメント準決勝を鹿又智成と対戦予定であったが、自身のHERO'Sでのダメージと鹿又の脇腹の負傷により対戦が延期となった。11月11日、CAGE FORCE EX -eastern bound-で対戦。2Rに偶然ウマハノフの頭部が鹿又の鼻に当たり鹿又が負傷、ドクターストップ勝ち。 2007年12月1日、CAGE FORCE 05のライト級王座決定トーナメント決勝で朴光哲を僅差の判定で下し、初代CAGE FORCEライト級王者となった。試合後のインタビューでは、不覚をとったアンドレ・ジダとの再戦を熱望した。CAGE FORCE側からUFC参戦のオファー依頼をしたが、「トーナメント期間中に他のプロモーション(HERO'S)に出場し、KO負けしたことから自己管理能力に欠ける」としてオファーは出なかった[1]。 2008年1月30日、パンクラスにおいて昇侍と初代ライト級キング・オブ・パンクラス決定戦で対戦し、2Rに左ハイキックからのパウンドでKO負け。対日本人初黒星となった。 2008年3月12日、DREAM参戦に先立ってCAGE FORCEライト級王座を返上した[2]。 2008年3月15日、DREAM.1のライト級グランプリ1回戦で永田克彦と対戦し、判定負け。